BLUE BIND

BL小説ブログ。危険を感じた方はお逃げ下さい。
  [ 青い空を見上げて 16 ]
2010-06-05(Sat) 21:17:56
阿久津城


家から学校まで歩いて20分。
その道のりを、俺とウツミは走っていた。
が、息が上がってきて膝も痛くなってきた。
「‥ジョー、大丈夫?」
立ち止まった俺に声をかけたウツミは、
汗をかくどころか息すらも乱れていなかった。

「悪い、疲れた。ウツミは疲れない?」
「‥うん‥まあ‥これでも長距離得意だから」
と、けろっと言うウツミ。
そりゃあ陸上部で長距離やってれば、こんなの朝飯前ってな。

「それにしても、親は何だって学校に乗り込んだんだろう」
「‥何かのせいにして俺のことを悪くしたいんだよ、きっと」

窮屈そうな家庭だ、と思う。
ウツミの腕の傷を思い出した。
たぶんあれの原因は家庭の環境かもしれない。
もしそうなら、尚更、こっちから腕の傷については聞き辛い。

「よし。ちょっと回復したから、また走ろう」
シャツで汗をふいて、俺とウツミはまた猛ダッシュした。

花が散った桜通りを走り抜けて、学校に到着。
昼間に見る学校と違い、不気味なほど真っ暗で要塞のようだ。
2階の職員室が明るいのを確かめながら、ウツミに頷くと、
ウツミは青い顔をしながら頷き返す。

靴を脱ぎ捨て、上履きを履かずに裸足のまま、
階段を駆け上がって職員室の扉を開ける。

スーツ姿の松田教頭、ジャージ姿の結城、
それと、ウツミの両親らしき人物がそこにいた。
井出から聞いていた通りのメンバーが揃っている。

到着した時刻は、11時。
良い子ならとっくに夢の中であろう、そんな時間だった。

「侑津弥!今までどこで何していたの!」
ウツミの母親らしき女性が、こっちに気付いて怒鳴りつけた。

年齢はおそらく40代前半であろう母親は、
釣り合わない紫色の派手な服を着ている。
化粧もなかなか派手だけど、この時間の学校には、
あまりにも不釣合いだった。

口を利きたくないのか言い返したくないのか、
ぎゅっと唇を噛み締めたまま、ウツミは鋭く両親を睨んでいる。

それに気付くはずもない結城は、なぜか安堵の表情になった。
「おお、やっときたか。良かった良かった。
 放課後からずっと一緒にいたそうじゃないか、阿久津に笹崎」

結城の台詞に、ウツミの父親が怒りの形相に変わった。
そして、ウツミを睨んでから、俺を睨む。
「侑津弥を、どこに連れ回していた?」

こちらは40代後半だろうか。
会社からここへ直接きたらしくて、
グレーのスーツを着てビジネスバッグを持っている。
印象をあえて言うなら頑固そうだった。

「そんなことしてません。ずっと一緒に俺の家で勉強してました」
ウソだけど無難な回答をしてみる。

かなり酔いも覚めたし、飲んでから時間も経ってるから、
アルコールの匂いもしないだろう。
ただ、それがすんなり通じる親とは思えないけどな。

「そんなこと、あるはずがない。
 きみは他校の生徒とケンカした、と聞いた事がある。
 侑津弥を、そういう不良の仲間にするつもりか?」

何言ってんだこの父親は?

そりゃあ俺は他校の男ともめたさ。
そのせいで留年もしたよ。
でも、それでどうして、ウツミを不良の仲間にするってんだ。
そもそも、俺、ヤンキーじゃないっつの。

こういう大人ってのは、そんな噂ばかりを信じて、
事実かどうかの確認すらしない。
ウツミの親を悪く言いたくないけど、
勝手にくだらない妄想をしてほしくないぞ。

あまりにも勝手な言い分を訂正してやろうと、
ずいっと前に出ようとしたら、ウツミが静かにそれを制した。
「‥ジョーは不良じゃない。そんな噂信じるな」

俺の横で、ウツミが発言をすると、
父親の隣に立つ母親が、大声で叱咤した。
「お父さんに向かって、そういう口の利き方だめでしょう!」

怒るほどのことなのかと思うようなヒステリック声に、
教頭と結城、俺は、ちょっとびっくりした。
ウツミはむかついたらしく、憎しみを込めた目になる。

「まあ、こうして笹崎君も反省しておりますし、あまり叱らずに‥」
「そういうわけにはいきませんわ!」
ウツミの母親の勢いに結城は押され、一歩ほど後退した。
まさに火に油ってやつだ。
状況を悪くするくらいなら結城は黙ってろっての。

「‥うるさい」
ぼそっと、ウツミから消えそうな声がした。

「侑津弥、先生にご挨拶して!さっさと帰るわよ!」
母親が、俺の横にいるウツミを引っ張ると、
がしっと手で後頭部を押さえつけ、ぐいっと頭を下げさせた。
ウツミは抵抗していて、何が何でも頭を下げない。

あまりにも痛々しい光景だった。
いくらなんでも、そのやり方は酷すぎる。
やめさせようと寄ろうとした時だった。

「‥うるさい!」
頭の手を払い、ウツミが叫んだ。

「‥不良の仲間?口の利き方?いちいちうるさい!
 ジョーのこと何も知らないくせに!
 俺のことだって知ろうとしないくせに!」

ウツミは手近の教師用のイスに、ふらりと体を預けると、
突然、イスを掴んでブン投げた。
落下した轟音が、耳に痛いほど職員室に響き渡った。
イスは、母親の足元に転がって止まった。

全員、たらりと冷や汗を流しただろう。
同時に空気が、ぴりっと張り詰めた。

「‥俺をこんなふうにしたのはアンタ達だろ!
 だから家になんか帰りたくなかった!」

ウツミは泣いていた。
それでいて、噛み付くように親を睨んでいた。

「‥部活のいやがらせの数々、知っていても俺をシカトした!
 自分達は悪くないし笹崎家の恥だとかって、
 医者にも!教師にも!俺がいるとこでそう言ってたよな!」

ぽろぽろと落ちるウツミの涙。
それを拭きもせず、声を喉から絞り出した。

「‥何で‥どうして‥俺なんか産んだんだ‥」

溜まっていた気持ちを一気に出したせいか、
ウツミは肩で息をしている。 

「こ‥こんなところで何を言っているんだ!侑津弥!」
父親の言葉が、何だか虚しかった。

教頭も結城も、堅苦しい表情で、突っ立ったまま何も言わない。
たぶん、タイミングを計っているんだと思う。
それに、声をどうかけていいか考えているんだろう。

部活と病院、これがウツミを苦しめるキーワードか。

たぶん、ウツミがこんな遠い高校に通っているのは、
少しでも中学校の同級生を避けるためだ。
近寄るなと宣告したのは、いやがらせが原因になっていて、
ウツミはそれこそ誰も信じられなかったんだろう。
腕の傷は、どこにも捌け口のない、ストレスの矛先だったんだ。

子供は何も言わないで大人の言う通りにすればいい、
ウツミの親はそんな考えっぽい。
そんな親がいる家に、誰だって帰りたくないと思うだろう。

ウツミは下を向いて泣き続けている。
俺は、ウツミの肩をそっと抱いた。

「もういい。ウツミ、もういいから」
「‥うるさい!ジョーに俺の気持ちが判るかよ!」
「判るよ」
「‥ウソ言うな!」
「ウソじゃない。誰も信じられない時が俺にもあったんだ」

涙を零しながら俺を見るウツミに、俺は笑顔を作った。
俺は、悲しそうに笑っているに違いない。
当時の自分を思い出し、こんな笑顔になった。

発端は、もちろん他校の生徒とのケンカだ。
相手の親の対応で、かなりの人間不信になった。
正しいことが正しくなくて、正しくないことが正しい、
そういう大人の世界があった。

そのせいで、両親や教師、同級生が、
自分を信じてくれているんだという確信を持つことに、
かなりの時間がかかったんだ。

ウツミは、俺がウソをついていないと判ったのか、
これまで詰まっていたものを流すように、
嗚咽するように号泣した。

教頭と結城、そして、ウツミの両親。
泣き崩れているウツミを今は誰も、
責めることも慰めることもなく、じっと見守っていた。

すると、教頭が俺を見た。
笹崎君は大丈夫か、と聞きたそうな顔をしている。
こくりと頷くと、教頭はにこりと微笑み、重そうに言った。

「笹崎さん、そちらの家庭環境のことに、
 学校としましては口を出す立場ではございません。
 ですが、このような状態の侑津弥君を帰宅させるわけには、
 こちらとしても止める他なさそうです」

貫禄、とでも言うのか。
教頭のパワーに圧倒されたのか、
ウツミの両親は何も意見しなかった。

「阿久津君の家にでも侑津弥君を泊める、
 というのはいかがでしょうか。
 こんなに遅くなるまで帰らなかった、ということは、
 きっとそのつもりだったのかもしれませんから」

教頭は俺を見て微笑んだ。
お見通しだと言わんばかりの笑顔だった。

「この件に関して、後日、改めて話し合いましょう。
 我々としても関わった以上、無視することは出来ませんので。
 それでどうかな、侑津弥君?」

ウツミは、教頭の言葉に静かに頷いた。
バツが悪そうな親は、さすがに頷く他なかった。

結城は、拍手せんばかりの笑顔だ。
フォローになるどころか余計なことばっかしていたくせに、
とツッコミを入れてやりたかった。

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