BLUE BIND

BL小説ブログ。危険を感じた方はお逃げ下さい。
  [ 青い空を見上げて 21 ]
2010-06-08(Tue) 16:46:55
笹崎侑津弥


「ただいま」
ジョーが言うと、リビング辺りから、
中年とまではいかない男女がこっちにやってきた。
女性は、淡いピンクのスカートを揺らしながら、
女神のようにふわりと微笑んだ。

「お帰り。仁さんと待ってたのよ」
柔らかい声は、ソプラノの歌声みたいだった。
可憐という表現は、こういう人のためにあるのだと思うほどだ。

ジョーのお姉さんとお兄さんかな。
似てると言えば似てるけど、似てないと言えば似てない。
ジョーの兄弟について、考えてみれば聞いたことなかった。
2人はジョーとどういう関係なんだろう。

いとこ、はとこ‥ひょっとこ‥は違う。

「飛行機、着いたの早かったのか。
 あ、ウツミ、うちの母さんと父さん」
いきなり両親を紹介されて、俺はかちんと固まった。
唐突ではなくせめて前置きがあってほしい。

親だというのにいくらなんでも若すぎないか。
どう見たって30代前半にしか思えない。

「‥あの、始めまして。俺‥」
「笹崎君ね。城から話は聞いてるわ。
 こちらこそ始めまして。城の母の、阿久津藍です」
藍さんは笑顔で言った。

一方でジョーの父親は、ジョーに抱きつきながら、
ぐりぐりと頬と頬を擦り合わせている。

「んで、これが父さんな」
ジョーが、げっそりと父親を紹介してくれた。
俺は、思わず苦笑いを浮かべた。

そのコミュニケーションは、アリゾナ式かアメリカ式か、
それとも阿久津家特有なのか。
いずれにしても、微妙にほのぼのしい光景だった。

「どうも。出来損ないの父親やってます、阿久津仁です」
にかっと笑った仁さん。
芝生のような短髪に、ジーンズと水色のシャツが似合っている。
少しだけ伸ばしている顎ひげが、なかなか渋かった。

「やかましい!うっとうしい!どけ!」
「こら!父にどけとは何だ!」
「だったら、こういう再会シーンは勘弁してくれよ」

ジョーが溜め息ついて、仁さんの腕をはがした。
この2人コントみたいで面白い。

ジョーとの再会に満足したのか、俺に握手を迫る、仁さんの手。
おずおずと手を差し伸べると、とても強く手を握られた。
そこには、思わずほっとする温もりがあった。

「まあ、こんなところじゃ話も始まらないから、
 とりあえず上がりなさい。ね、笹崎君」
と、仁さんはスリッパを出してくれる。

みんなでリビングへいき、ソファに腰をかけるように促されて、
俺が座り、向かいに仁さんが座った。
藍さんとジョーは揃ってキッチンへいき、
買ったものを冷蔵庫に入れながら、
おかずは何を作るとかって打ち合わせをしている。

「そんなに緊張しなくていい。もっとリラックスして」
「‥あ、はい‥」
そんなこと言われても、リラックスできるはずがなく、
俺はリラックスしたふりを見せた。

「遠回しが苦手でね。これから率直に質問するけど、いいかい?」
唐突に、仁さんは言った。
傍らでは藍さんが、リビングのガラステーブルに、
お茶とお菓子を並べる。
俺は、藍さんにぺこりと礼をしてから、仁さんに静かに頷いた。
「‥はい」

そのお茶を飲むと、真剣な表情で、仁さんはこちらを見た。
「実は全て、城からメールで聞いて知っているんだが‥」

全てって何だ?

全てってピンからキリまでが全てだよな?

ジョーとの全てというのを、ない頭を絞って思い出した。
途端、どっと汗が吹き出てきた。
アレとかコレとかを知ってるってことか。
ジョーはメールで親に何を伝えていやがるんだ。
と、恥じらいと同時に怒りがきた。

「ご両親と色々あってここからの通学を希望しているそうだが、
 これについて間違いはないかい?
 おや。顔が赤いね。エアコンの利きが悪いのかな」
「‥あ、や、い‥いいえ!」
慌てた俺は、ぶんぶんと首を横に振りまくった。

キッチンから、ジョーが膝をばんばん叩きながら、
くくくっと声を殺しているのが耳に入る。
恥ずかしくて思わずむすっとした。
ジョーには心をいつも読まれているとしか思えない。

まあ、いくらなんでも、
話せることと話せないこと、それくらい分別つくよな。

「私達は、笹崎君がここに住むのは歓迎なんだよ。
 城もやっぱり一人だと寂しいだろうからね。
 しかし、そちらのご両親を説得できるかどうか‥」
むむむと唸りながら、仁さんはお菓子を食べている。

「おばあ様にお願いするのは、ダメなのかしら?」
キッチンから藍さんの声がした。
ジョーと一緒に晩ごはんの仕度を始めたらしい。

「そうしたいんだが城が嫌だってダダこねるんだ」
「こねるか、そんなもん。だって卑怯じゃん」
「今回はそういう次元じゃない。
 笹崎君の件はかなりデリケートで難しい問題だ。
 目の当たりにしたお前が判っているだろう」
「‥う」

たぶん、ジョーは悔しそうな顔をしている。
あえて振り向かないけど、そんな気がした。

「笹崎君、自宅から学校まで、どれくらい時間がかかるかい?」
「‥家から駅まで20分、そこから電車で3時間くらいです」
「ふむふむ、なかなか遠いところに住んでいるね」
仁さんは驚きながら、お菓子を食べた。

中学の誰もいかない学校を選んだら、こういう結果になった。
時間はかかるけど気楽にすごせるからいい。

「ご両親の職業は?」
「‥父は建設会社の営業課長で、母は専業主婦です」
「うんうん。もしかして親族会社じゃないかい?」
「‥そ‥そうです」

どうして判ったんだろう。
有名な会社じゃないし、社名に苗字のかけらもないのに。
ちなみに父親の兄弟の長男が社長をしている。

「そうかそうか。そうだろうと思っていたよ。
 ちなみに、私はアリゾナの研究所に勤めているんだ。
 藍は、アリゾナで日本語の塾を経営している」

ソファへ沈むように寄りかかって、お茶をすする仁さん。
ちなみに、仁さんの湯飲みには父親って書かれている。
もちろん既製品だろうけど、受け狙いなのか素で使っているのか、
なんとも判らない。
今のところ言えるのは、楽しそうな人だなってことだけ。

「‥両親の職業、どうかしたんですか?」
「いやいや、僕がただちょっと聞きたかっただけだよ」
けろっと仁さんは言ったけど、
そう言う割には、確信があったかのような態度だった。

仁さんは湯飲みを置くと、床を見つめて指で髪をいじりながら、
ぶつぶつと独り言を呟いていた。
俺のこととか親のこととか、たぶん何か考えている。

「‥あの、俺、もういいですから」
俺はそう言った。

「‥俺がわがままなのが悪いんです。もう家に帰ります」

俺のことを考えてくれる人がいるんだ。
もう充分満足した。
それに、いくらなんでもジョーの両親に迷惑をかけられない。

俺が、じっと我慢すればいい。
たまに爆発するかもしれないけどまた我慢すればいいんだ。
いや、ストレスで気が狂ったほうが俺は楽になるかもな、
なんて思うと、握った拳が震えた。

今までの生活に戻るだけだ、だから何も怖くはない。
2日間の出来事を、夢だったと思えばいいだけだ。

血の気が、すーっと引いていくのが判る。

「そういうこと言うなっつーの」
それを察知したのか、ジョーが隣にやってきて、
俺の肩をぽんぽんと軽く叩いた。

「そうだよ、笹崎君。そういうことを口にしてはいけないよ。
 笹崎君はわがままではないという自信持ちなさい」
仁さんは顎ひげを触りながら、にかっと笑った。
そして立ち上がって、キッチンにいる藍さんのほうを見た。

「あちらの両親との話し合いで解決してみるか。な?」
「あなた次第ですよ」
笑い合う、仁さんと藍さん。

「ただし、切り札としておばあ様を名をだすから。
 城、そのつもりでいろよ」
「へいへい判りました」
「あら。笹崎くんには判らない会話だったわね」
くすくすと笑いながら、藍さんが切り出した。

「仁さんのお母さんが、ちょっとしたお偉いさんなのよ。
 教育委員会のね」

次話へ 前話へ
BL小説青い空を見上げて | TB:× | CM:× |

copyright © 2024 BLUE BIND. All Rights Reserved.
  
Item + Template by odaikomachi