2014-12-21(Sun) 11:18:55
昔のバイト先にやってきた。
古びたマンションのドアを軽くノックしたのは、 俺ではなく凛さんだった。 ノック後、中からの返事を待たずに、 開いているのが判っているかのようにドアを開ける。 「鬼塚さん、いる?」 「おお、太郎」 「頼むから忘れてよ、その名前」 靴を脱ぎながら笑う凛さん。 太郎という名前は、ここでの凛さんのニックネームだ。 俺はそのまま名前を使っていたけど、 凛さんは太郎という名だった。 「お邪魔します」 「あ、マイトじゃん。久し振り。元気?」 「はい。元気です。鬼塚さんは?」 「まあまあかな」 吸っていた煙草を灰皿で揉みながら、 椅子に座っている鬼塚さんが笑う。 鬼塚さんは昼間のせいか、ちょっと退屈そうに、 パソコンを見ていたようだ。 このバイトは夜に客が多いもんな。 「何、マイトどうしたの?凛ちゃんが連れてきた?」 「凛ちゃんってのもちょっと厳しい」 「だったらどう呼んだらいい訳? マイスイートハニーとでも呼んでやろうか。 あ、いや、マイスイートダーリンか?」 「もう、凛ちゃんでいいよ凛ちゃんで。 はいこれ、頼まれてたやつ持ってきたよ」 凛さんが鬼塚さんに紙袋を渡すと、 からかうのが楽しいと言わんばかりの顔が、 ぱあっと明るくなった。 中にはTシャツや帽子が入っている。 「サンキュ。いつも悪いね」 「こちらこそ毎度どうもです」 「で、マイトはどうしてきたの?」 「遊びにきてくれたからついでに連れてきたんだ。 話聞いてたら今日空いてるみたいだし」 「そうなんです」 バイトにいい思い出はないけれども、 バイトをやっていなかったら、満さんと逢えなかった。 だから、とても大切な場所なんだ。 鬼塚さんとちょっと会話してから、凛さんと俺は、 古びたこのマンションを後にした。 夜風はちょっぴり肌寒く、こういう時は人肌が恋しくなる。 早く帰り、満さんの匂いがするベッドに潜りたかった。 次話へ 前話へ お気に召しましたら一票お願いします。 |