2015-03-06(Fri) 05:53:26
バイトの客としてよく来てくれていた。
菅生さんは最初、イヤな客だった。 酷いことをされたし、襲われもしたし、 ストーカーまがいなこともされた。 だけど、菅生さんは謝罪し、俺はそれを許した。 連絡先やメアドを交換しないで、 いつかどこかで会えたらお茶でもしましょう、 と約束していた。 「ご無沙汰してます」 「久し振り。まさか、こんなところで再会するなんてね」 「そうですね。びっくりしました。菅生さんも、 その本のシリーズ好きなんですか?」 俺がそう言うと、菅生さんは慌てて新刊をそこに置いた。 どうやら、譲ってくれる気らしい。 「いや、舞斗君どうぞ」 「そういうつもりで聞いたんじゃないんです。菅生さんどうぞ」 「いやいや、舞斗君どうぞ」 そんなやり取りをしていたら、 店員が在庫を探してくれたのか新刊を何冊か持ってきてくれた。 俺達はそれを会計し、あははと笑った。 「菅生さん、これからお茶しませんか」 そういう約束だったから、俺は訊ねた。 だけど、腕時計をチェックした菅生さんが、残念そうな表情をした。 「悪いね。これから大学で講師をしなければならないんだ」 「講師、ですか?」 「カンツリが新薬を発表したんだけどね、 新薬ができるまでの工程や、研究者としてどんな苦労があったのか、 そういうのを薬学で話してほしいそうなんだ」 菅生さんとは別ジャンルの大学でよかった、と思った。 「そうですか。じゃあ、また今度にでも」 軽く頭を下げ、そこから去ろうとした時、慌てたように訊ねられた。 「あ、あの、楠社長の弟さんとは時々とか会っているかい?」 それは満さんのことだった。 「はい」 「舞斗君、おかしなことされてない?」 あなたじゃあるまいし、と心の中で突っ込む。 「されていませんよ」 「そうか。君と弟さんは付き合っているんだね」 ぎくり、と体が震えた。 昨日といい今日といい、なぜこういう話題になるのだろう。 しかし、隠すようなやましいことは何もないし、 ここはもう開き直ることにした。 「はい、そうです」 「幸せそうな顔してるよ、舞斗君」 菅生さんが微笑んだ。 どきっとしてしまうような、眩しい顔だった。 「弟さんに宜しく。じゃあ、またね」 菅生さんが笑顔のまま、ゆっくりと立ち去っていった。 その背中を見送って、俺もようやく帰ることにした。 コンビニのごはんを食べてから、部屋でマンガを読んだ。 そして、いつの間にかソファで寝てしまった。 次話へ 前話へ お気に召しましたら一票お願いします。 |