2016-10-31(Mon) 10:49:50
「実は、指輪をこっそり用意したのには理由があります」
走行中、満さんがそう切り出した。 「理由?」 「はい。昨日の電話で、 私が何て言ったのか覚えてますか?」 旅行に行けなくなったインパクトが強くて、 会話の内容は、あまり覚えていない。 それを察したのか、満さんは続けた。 「こういう時というのは、 独身者に回ってくると相場が決まっているんです、 ってやつです」 言われてみれば確かに、 そんなことを言っていた気がする。 「それが、どうかしたんですか?」 「今後、機会があれば社長に交渉します」 「何をですか?」 「とある事情で結婚はできないけど、 内縁の人がいるから仕事を回さないように‥と」 仕事を愛している満さんが、 よりによって社長へそんな交渉をするなんて。 さすがに驚きを隠せなかった。 「そんなことしていいんですか?」 「いいんですよ。社長もちょっと図々しいんです。 いくら独身者でも、もうちょっと優しく扱うべきです。 あと手当の充実に残業ももっと‥」 と、満さんがぼやき始めた。 穏やかな満さんも、こうやって愚痴ったりする。 あまり見ない姿に、ぷっと思わず吹いた。 「おかしいですか?」 「いえ。満さんが可愛いなって思いました」 満さんはびっくりした顔になった。 愚痴っている自分のことを可愛いなんて形容されるとは、 思ってもみなかったのだろう。 そして、満さんも噴き出して、揃って笑った。 ここで、満さんの携帯が鳴った。 満さんは、ちらりと俺を見やった。 「このタイミングで社長からの電話ですよ。 出ていいですか?」 「はい」 「スピーカーホンにしますね」 つまり、できるだけ黙っててくれということ。 ゆっくり頷いて見せると、満さんも頷き、 スピーカーホンにした携帯をホルダーにかけた。 「はい、楠です」 「俺だ」 社長なんだから、さすがに社長とは名乗らない。 「どうされましたか?」 「昨日の店舗、悪いがまた見にいってくれ。 夜でも構わん」 「あの、そのことなんですが‥」 ごくりと息を飲んで、満さんが意を決する。 「結婚できないとある事情があるのですが、 私には内縁の人がいるので、 こういった呼び出しは少し控えてもらえませんか」 やっと言えた、という顔の満さん。 俺も横で聞いていて胸を撫で下ろした。 「なんだ、やっぱりそうか」 社長の声色は、あっさりしたものだった。 「そうだと思っていたが言ってこないから、 カマかけるのにわざと仕事回してたんだよ。 それなら俺が行くからいい」 言いたいことだけ言って、電話が終了した。 固まった満さんが、ぴしっと割れたような気がした。 「えーと、これであんま仕事回ってこないですね」 なぜか俺がフォローに回る。 すると、満さんは呆れたように笑った。 「そうですね。ポジティブに行くとしましょう」 満さんがアクセルを踏む。 車はスマートにカーブを曲がった。 前話へ お気に召しましたら一票お願いします。 長らくお待たせしましたが、 星刻2はこれにておしまいとなります。 2人は2人らしく、このままのペースで、 幸せになってほしいと思います。 2人のお話にお付き合い頂きまして、 誠にありがとうございました! |