2018-03-23(Fri) 09:50:40
ミーティングが終わった。
席から立った光さんを追うと、 光さんはオーナーのところに行って、 何かしらの相談を始めていた。 そこに監督も参加してしまい、 とても光さんに話しかけられず、 静かに会議室を後にした。 今はもう諦めよう。 これっきりで逢えない訳じゃない。 メールで謝るよりは、まず逢いたいと伝えて、 時間を作って2人で逢えばいい。 「聖さん!」 会議室を出てからすぐ話しかけてきたのは、 にこやかな笑顔の牧田だった。 会議室からエレベーターホールへ、 エレベーターを降りてビルを後にしてから、 更には駅まで向かうまで、ずっと喋り続けた。 牧田は俺がテレビや雑誌に出ていたのを、 チェックしてくれていたらしい。 そう、実は俺、前回の最終戦の直後から、 ちょっとだけ有名になってしまった。 ハンドクリームのCMに起用されてしまったり、 インタビューに光さんと応じたりしたのだ。 「だから、チームESに誘われた時、 聖さんに逢えると思って楽しみでした」 「そうだったのか。メールくれたらいいのに」 「聖さんのこと驚かせたかったんです」 少年のような笑顔だった。 牧田のこういう部分が、人懐っこくて可愛い。 「聖さん、せっかくだし飯食っていきません?」 「そうだな。そうしようか」 大学時代、牧田は水泳部に入部した。 水泳のフォームもスピードも抜群だったが、 それを鼻にかけたり偉ぶったりしない。 優しくもあり厳しくもあり、 そして誰からも頼りにされた。 最近、ミーティングで逢うことはあっても、 俺はその後には残って、 チーフとして打ち合わせがあり、 牧田と合わずに食事に行けなかった。 せっかくだし、これはいい機会かもしれない。 と、小さく携帯が震えた。 着信名は、まさかの光さんだった。 どくんと胸が脈を打った。 牧田に悪いと右手を上げて、 画面を見せないように電話に出る。 「あ、はい。もしもし」 「おい、聖。どこにいる?」 「これから駅に入るところです」 「もう帰るか?」 強がっているように聞こえるけど、 少しだけ寂しそうな、口調。 ぐっと心に響いてきて俺は切なくなった。 「いえ、大丈夫です」 そう言うと、光さんの呼吸が聞こえた。 安堵したような息遣いだった。 光さんは本部ビルの隣にある、 コーヒーショップにいるとのこと。 俺は電話を切り、バッグを漁り始めた。 忘れ物をした体を装うのにだ。 そして、牧田に困った表情を見せて、 静かにこう伝えた。 「預かった資料を本部に置いてきた。 ちょっと取りに戻るから、飯はまた次にしよう。 ごめんな、牧田」 次話へ 前話へ お気に召しましたら一票お願いします。 |