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  [ 青い空を見上げて 7 ]
2010-05-09(Sun) 06:00:11
笹崎侑津弥


5時限はマーケティングの授業だった。
やはりと言うべきか、担任である結城がきた。
くだらない話を交えながら、
結城はマーケについての説明をしている。
時々、クラスで笑いが起こったりして、
結城はまんざらでもない表情だ。

俺はそんな中、ぼーっと空を眺めながら、
阿久津、じゃなくて、ジョーとの会話を反芻していた。
飲んで楽しく喋ろうとか、ジョーと呼べだとか、
近寄るなって忠告したのに、何かと絡んでくる。

まさかとは思うけど俺とトモダチなりたいのか?

ジョーの絵の話をしたから?

名前の印象は確かに強かった。
キャンバスのサインで、どこかの城の人が描いたのかと、
思わずちょっと調べてしまったくらいに。

改めてそれがジョーだと判っても、
声をかけるつもりは始めはなかった。
トモダチになりたいわけじゃないし、
ふーんって感じで終わりだった。

思えば入学式の時から、ジョーは俺に寄ってきた。
話しかけられた時、びっくりして絵の話を振ってしまったけど、
でも、ちゃんと近寄るなと忠告もした。

俺は、トモダチなんかいらない。
トモダチなんてロクなもんじゃない。

都合がいいと近寄ってきて仲良くしてきて、
都合が悪くなると大勢で群れて、
弱者をとことん攻撃してくる。
トモダチなんて所詮そんなものだ。

だけど、ジョーには心を許しそうになる。
笑った顔が、すごく温かい。
明るさもあって癒されそうになる。

それに、女にチヤホヤされいるだけかと思えば、
男女に接する態度が同じで、
意外とちゃんとしている印象もあった。

だからこそ、いやなんだ。

俺は、誰とももう関わりたくないし関わらない。

そう考えていたらいつの間にか、俺はジョーを見ていた。
見ていたと言うよりは睨んでいた、と思う。
その視線に気付いて、ジョーが笑いかけてきた。
俺は笑いもせず何も言わないで、ふっと目を逸らした。

ジョーはいつも笑っている、それがムカツク。
悩みってものがないに決まっている。
俺なんかの気持ちだって絶対に判るわけがない。

結城が、軽快なチョークの音色をたてながら、
授業のスケジュールを黒板めいっぱいに書き込んでいる。
みんなはノートに写しているけど俺はしなかった。
スケジュールをノートに書いたってしょうがないだろう。

窓の向こうの空を見る。
今日もいい天気だ。
青が濃くて空が高い。
俺の好きな色、ジョーが描いていた青だ。

と、ぼんやり思いながら、指先でシャーペンを回転させると、
ジョーが俺にメモを渡してきた。

首を傾げ、イヤそうな顔をしてみせる。
そんな顔しないで読んでいろよ、といった笑みを浮かべて、
ジョーが俺の足を突いてきた。

いらない、と言ってもジョーは引かないだろう。
しつこさに呆れながら、メモを受け取って中を読んだ。

『いつ飲みに行こう?いつなら空いてる?』

こういうのって時々、女子がやってるよな。
いや、そうじゃなくて、
これは今教えないといけないほど重要なのか。
授業が終わってからの休憩で話せばいいだろう。

静かにメモを返そうとしたら、
「書いて渡せよ」
と、ぽつりと言ったジョー。

人のペースにはまっていく俺がイヤだったけど、
仕方なく渋々と、シャーペンを滑らせた。

『月水金は塾、それ以外は予定なし』

メモを、ジョーの机に放った。
頭をかきながらジョーを見ると、楽しそうに返事を書いている。
で、またメモがきた。

『なら、今度の木曜の夕方な』

メモのやり取りを終わりにしたくて、俺はジョーに頷いた。
ジョーは、にっこりと頷き返してきた。

何となくだけど胸がくすぐったい。
誰かとどこかへ食べにいく、というのをしたことないからだ。

だって、そんなの親が許してくれない。

母親は専業主婦、父親は会社役員。
どちらもほとんど家を空けているくせして、
会えばいつも成績の話ばかりする。

あなたは笹崎家長男なのよ。
お父さんは優秀なのにお前はどうして。
もっといい成績をとりなさい。
姉と妹はあんなに優秀なのにどうしてお前は何もできない。

これは、母親の口癖。
時々、物を投げてきたり手を上げてくる。
俺の全てを自分の思う通りに、コントロールしたいようだ。

一方で父親は、仕事人間だ。
あまり家族のことに関心がない。
いつからか忘れたけど、
こっちから喋りかけても話さなくなった。
周りのことなんかどうでも良く、自分だけが大切らしい。

家族みんなで出掛けた記憶がない。
父親が一人、釣りとかに行っているのは知っている。
そのせいで父親と母親が喧嘩しているのを、
飽きるほどたくさん見てきている。

くそ。

親のことを考えていたら、頭がじんじんと痺れてきた。

イライラする心が治まらない。
暑くないのに汗がじわっと噴いてくる。

瞬間、何もかもどうでもよく思えた。

水に潜ったみたいに耳が遠くなる。
もやもやとした音らしきものしか聞こえなくなった。
目が霞み、俺の周りが真っ暗になる。
自分でもどうしていいか判らないような感覚になっていった。

俺はジョーに見えないように、
ペンケースに入れているカッターを手にする。
机の中で、左の親指の下に、それを突き刺した。

「‥くっ」
皮膚を破って深々と沈んだ、カッターの新しい刃。
しばらくしたら手が痛くなってきて、
イライラが信じられないほど晴れていく。

俺はこうして自分を傷つけながら、心のイライラを抑えている。
今までもそうやって抑えてきた。
これが自分なりの制御方なんだと理解している。

カッターの刃をゆっくり抜いた。
一筋の傷跡に、ぷつりと赤い血が盛り上がって、
つつっと流れていく。

よかった。

血の色は、まだ赤いみたいだ。

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