BLUE BIND

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  [ 青い空を見上げて 8 ]
2010-05-11(Tue) 19:10:48
笹崎侑津弥


あっという間に約束の日になった。
そして、今日の全ての授業が終わった。
「さてと、どこに行こう?どんなの食べたい?」
真新しいピンクと黒のショルダーに教材をぐいぐい詰めながら、
ジョーが訊ねてきた。

「‥どこでも何でもいい」
俺はそう答えて、手にしたトートバッグにペンケースを入れた。

あれが美味しそう、これが食べたい、という欲はない。
生きていても楽しくないし、今だって生きている気がしない。
生きることだけを許されている、マリオネットみたいだ。

「ウツミ遠慮してる?」
「‥してない」
「それなら適当に居酒屋でいいか」

高校生が居酒屋。
ジョーはちょっと老けて見えなくもないけど、
俺はどこをどうしたって高校生にしか見えないんじゃないか。
通報コースは勘弁なんだけど。

「知り合いがバイトしてる店に行こうぜ」
こちらの考えを読んだのか、にししと笑うジョー。
ようやく、ジョーに軽くからかわれていたんだと判り、
俺はむっとした顔になった。

「んで、ウツミ酒飲める?」
「‥飲んだこと無い。厳しい親だし、そういうの許されない」
「そっか」
ジョーは深く聞かずに、ずっと笑顔でいた。

会話をぽつりぽつりとしながら学校をあとにする。
葉桜になりつつある桜通りを、ふと見上げた。
オレンジ色の空がキレイだ。
そこに、控えめな色をした月がぼんやりと浮かんでいる。

ジョーが、これをキャンバスに起こしたら、
どんなふうに描かれるんだろう。
ふと、そんなことを考えてしまった。

それを掻き消すかのように首を振っていると、
「あ、月だ」
と、ジョー目を細めて月を見た。

「小さい時さ、月にはマジでウサギがいるって信じてて、
 ウサギが作ったモチを食いたいって思ってたんだ。
 バカだよな。そんなこと出来るわけないのに」
幼かった自分を懐かしむ笑顔が、こちらに向けられる。

ジョーも月を見ていた。
同じものを見ていたと知って、嬉しく思った。

嬉しい?

俺なんかでも嬉しいって思ったりするのか。
それなら嬉しいと思うのはやめよう。
生きる価値のない俺に、嬉しいなんて感情は要らないんだから。

ジョーといると全てが狂わされる。
気持ちも感情も、喜びも痛みも、そんなの何も要らないのに、
ジョーといると全てを感じてしまう。
こうやって一緒に下校するのだって、
楽しいなんて思いたくもない。

しかも、ここんとこずっと、
屋上でジョーと昼休みをすごしている。
俺は、屋上から見える風景を、とても気に入っている。
ただそれだけなのに、ジョーがいて安心する自分もいるんだ。

最近、自分の思考が混乱し、ひとつに定まらない。

俺はただただ生きていればいいだけだ。

それだけなんだ。

「居酒屋、隣の駅なんだけど少し歩かないか?」
ジョーの声に顔を上げると、もう少しで駅だった。
そこは和賀高の最寄駅であり、帰途につく生徒が、
続々と改札の向こうへ流れている。

「‥うん」
そのまま、線路の細い脇道を、並んで歩いた。

ジョーと並んで歩くことに、少しの違和感を感じて、
ちょっと後にずれて歩く。
すると、ジョーが笑いながら横にぴたりと並んできた。

別にこっちこなくても良いのに。

そんなことを気にしている自分がバカみたいに思えてきて、
気にしないで歩くようにした。

「部活、もう決めた?」
電車が走っていった騒音が消えてから、ジョーが聞いてきた。
俺はジョーを見て、首を横に振る。

「ウツミは中学で何部だった?」
「‥陸上」

あ、やばい、何してんだ俺。
これあまり言いたくなかったのに、
ついぽろっと口にしてしまった。

「マジで?」
意外だとでも言いたげな声色に、思わずむっとした俺。
むっとしたのは、ジョーにだけじゃなくて、
ついつい口に出てしまった俺に対してもだった。

「‥悪い?」
「あ、いや、ちょっと意外だったからさ。
 だったら高校でも陸上やるのか?」
「‥やらない。陸上は‥もう‥どうでもいい‥」

つんと鼻の奥が痛くなった。
泣きそうだったけど泣きたくなくて、何とか涙をこらえる。
顔を上げたら涙が零れそうで下を向いた。
髪がカーテンみたいに垂れて、顔があまり見えなくなる。
ポケットの中で握っていた手が震えていた。

俺はまだアレを引きずっている。

当たり前だ。

そんなにすぐ忘れられない。

突然、ジョーが俺の頭を撫でてきた。
大きな手に、癒しと温もりを感じて、ジョーを見上げた。

「ごめん。ウツミにとって聞かれたくないこと聞いたみたいだ」
悲しげに笑うジョー。
己のペースに相手を乗せたとしても、ちゃんと空気読んでくれて、
さりげなく話を切り替えてくれるから、ジョーと話すのは楽だ。

だから、こそ。

頼むからそんな顔をしないでくれ。
心を凍らせて何も感じないで、ただ生きようと決めたのは俺なんだ。
だから、ジョーは何も悪くない。

「だったら美術部にこいよ。俺はウツミが入ってくれたら嬉しいな」
さらりと言いつつジョーは照れている。
照れるくらいなら誘わなきゃいいのにな。

「店開くまでまだちょっと時間あるから、ゲーセン行こうぜ。
 俺、キャッチャー得意だからさ、欲しいもの何でも取れるんだ」
照れている自分を隠すように、ジョーが早歩きになる。

大きな背中が眩しい。
理想でもあるこの背中、これからも見ていられるだろうか。

『俺はウツミが入ってくれたら嬉しいな』

ジョーの言葉を反芻しながら、少しだけ笑った。

ゲーセンで見たのは、情けないけど面白いジョーの姿だった。
年上のくせに案外ガキだった。

「頼む!もう一回だけ!な!」
「‥いいけど」
言われてコインを入れたのは、レーシングゲーム。

ジョーの、キャッチャーの腕前は素晴らしかった。
俺がリクエストした難しそうなチョコを取ってくれたし、
「‥これジョーに似てる」
と呟いてしまった馬のぬいぐるみも、ワンコインで取ってしまった。

「こっちはウツミ似だよな」
言いながら差し出されたのは、
キャッチャーで取った猿のぬいぐるみ。
目が大きくて毛の長い、ちょっと細めの猿だった。

「‥俺、こんなんじゃないけど」
ジョーに返したら、俺のカバンに突っ込みやがった。

「‥ちょ‥マジでいらないっての」
「いいから、いいから」
「‥よくないから」
結局、ジョーに押し切られて、
ぬいぐるみを持ち帰ることになった。

こんなの後で捨てればいいか、と考えていた時、
クレーンを下ろすボタンを押していたジョーに訊ねられた。
「ウツミは、何のゲーム好き?」
「‥レーシング系とかかな」

そして今に至るわけだ。

ジョーはレースが苦手みたいだった。
アクセル踏みっぱなしでブレーキを使わないし、
怒鳴りながら運転している。
レーシングは音声入力ゲームじゃないのに。
そして、やっぱり俺に負けるオチだった。

「ふはは。今日はこのくらいで勘弁しといてやるよ」
悔し笑いのジョーはレーシングマシンから立ち上がって、
ゲーセンの時計を確認した。
「おっと、もう店開くな。そろそろ行こうか」

そう言って、ジョーは俺に手を差し伸べてきた。
手を使って立ち上がれ、という意味だろう。
その行動がすごく自然で、何だか照れる。

「‥うん」
俺は、ジョーの手を借りずに立ち上がった。

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