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  [ 風のように遥かに 26 ]
2010-08-20(Fri) 04:50:51
「飛鳥の生まれ変わり‥なんだ‥」
嬉しそうに呟いた、ミナミ先輩。
そして、先輩は静かにこっちを向いた。
小さく震えて、ぎゅっと拳を握り締めている。

「飛鳥が亡くなってから1年しか経ってないのに、
 少しずつだけど飛鳥の声色とか忘れてきているんだ。
 記憶にしか残らないのに、記憶だって消えていく」

目頭を赤く染め、先輩は涙を溜めた。
涙の表面張力が負け、頬を伝ってから畳に落ちていく。
先輩は、それを拭かずに、じっと俺を見ていた。

「マキの好意を僕は利用した。
 飛鳥のことを思い出すために部室でしたのに、
 ほとんど思い出せなかった。
 それどころか、マキのこと好きになってた」

悲哀な表情が、少しずつ俯いていく。
そして、乱暴に涙を拭いた右手で頭を支えて、
髪の毛をちぎれんばかりに指に絡めた。

「また誰かを好きになって、また誰かが亡くなっていく。
 僕は、忘れていくことが怖い。
 好きなった人がいなくなるのは、もっと怖いんだ。
 そんなことを繰り返すくらいなら、
 僕はこのまま一人で生きていきたい‥っ」

息つく間もなく言うと、先輩は震えて嗚咽を漏らした。
部室の扉前で聞いたのと同じものだった。

先輩は、いつからか俺を好きでいてくれた。

それでも、飛鳥さんを忘れまいと必死だった。

重すぎるその辛さ、少しでもこっちに分けてほしい。
そう願って、先輩の震える右手に触れた。

「忘れることは罪じゃないっす。
 きっと、飛鳥さんの記憶が、
 先輩が生きていくための空間を作ってるんすよ。
 俺はそう思います」

飛鳥さんなら先輩のために、やりかねないでしょう。
写真は、当然だろと言わんばかりの笑顔だった。

先輩は俺の言葉に対し、頭をゆるゆると振っている。
否定したいけど、肯定したくない、
マキなんかに飛鳥の気持ち代弁できるはずがない、
と言いたそうなオーラがここまで届く。

飛鳥さんの気持ちなんて、俺にだって判るはずがない。
逢ったことないし、喋ったことないし、
何が好きで何が嫌いか、どういう人なのか知らない。

だけど共通点がある。

それは、先輩のことが大好きってとこだ。

「何も知らない俺が言うなんて、おこがましいですけど、
 俺がもしも飛鳥さんと同じような立場なら、そう願います。
 大好きな先輩の、これからのために」

先輩が、ゆっくりと顔を上げてメガネを掛け直し、
赤くなった鼻をひくつかせて、静かに呼吸を整える。
気持ちが安定した先輩と、俺は、見つめ合った。

俺は、先輩の心にいる飛鳥さんを見るように。
先輩は、俺のさっきの言葉に飛鳥さんを重ねるように。

飛鳥、マキの言う通りなの?

涙の流れる目を動かし、先輩は問うように写真を見る。
問われた飛鳥さんの写真は笑っていた。

俺と先輩を見て、にっこりと。

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