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  [ 風のように遥かに 30 ]
2010-08-24(Tue) 04:40:06
「すごい濡れたね。はいタオル」
先輩宅の玄関で、バスタオルを渡された。
「どうもっす」
「とりあえず上がってよ。
 そのまま帰してカゼひかれたら僕のせいになるしね。
 あ、マキがカゼひいたって聞いたことないや。あはは」
「‥あはは。お邪魔します」

濡れた体で上がり、そのまま脱衣所へ案内された。
服を脱ぎ、乾燥機に放り込む先輩。

「ほら、マキも脱いで」
「はいっす」
下着以外を脱いで乾燥機に入れる。
視界内の先輩も、下着だけの状態だった。

ああ、目のやり場に困ります。

「あのさ、赤くなられると困るんだけど」
俺につられて赤くなったのか、先輩はトランクス一丁のまま、
恥ずかしそうに背中を向けてしまった。

「すみません」
滑らかなラインを描くウエストをガン見しながら、
小さく謝ると、体を拭きながら先輩は首を振ってくれた。
どうやらまだ顔が赤いみたいで、
許してはくれたけどこっちを向けないらしい。

「寒くない?シャワー浴びて温まる?」
「いえ、暑いくらいなんで寒くないっす」
「そっか。そうだよね。じゃあ部屋行こうか。
 こんな場所じゃ息苦しいし、それに服も貸さないと」
「はいっす」

案内されたのは、先輩の部屋。
玄関まで送ったことはあれど、部屋へと上がったことはない。
部屋は和室で、円形の座卓に、本棚、タンスと、
シンプルな家具が配置されていた。

そこから出したシャツと短パンを、はいと渡される。
「僕のだと小さいけど、ないよりはマシだから」
「どうもっす」

背が20センチも違えば、確かにサイズは小さいだろう。
それでも、大きめのサイズを出してくれたみたいで、
どうにか短パンやシャツが着られた。

それにしても、家があまりにも静かだ。
「先輩、家の人は?」
「僕達は夏休みだけど平日の昼間だからね、みんな仕事だよ」

言われてみればその通りだ、と頷きながらふと見ると、
テーブルに和風庭園のジオラマがあった。
本物のちゃんとした庭園っぽくなっていて、
敷石があったり砂に模様があったりして和む。

座ってそれを眺めていると、隣に先輩が座った。
「それ、最近になって興味出てきたんだ。
 いじっていると何だか癒されるんだよね。
 なんて、ちょっとお年寄りみたいかな」
「いいんじゃないっすか。俺もこういうの好きっす」

顔を上げると先輩の顔が近くにあった。
慣れないアップに驚いて、またもや顔が真っ赤になる。

キスも済んでいる、セックスも済んでいる、
ちゃんと両思いなんだと確認もした。
それでも、息遣いすら届きそうな近距離に、
俺の心はどきどきと脈を打っていた。

「ん?どうしたの?」
「な‥何でもないっすよ」

意識しすぎなんだろうけど制御できず、
先輩を見るだけで鼓動が早まる。
そんな俺の動揺が先輩に伝わったのか、
ふてくされたような困った顔をされてしまった。

「そんなに意識されると僕困るんだけど」
「すみません」
「謝られるともっと困るんだけど」

先輩が、俺の腕をぎゅっと握り締める。
「ちゃんと両思いなんだからそんなに意識しないでよ」
「ああ、はあ」
「その気抜けた返事何?相手が僕で不満?」

一瞬にして先輩から、黒いオーラが放たれた。

「違います!実感がないだけです!」
オーラの恐怖に力強く否定をすると、キスをされた。
不意打ちの、触れるだけの優しいキスだ。

「この前のお返しね」
してやったり、と言わんばかりに笑う、ミナミ先輩。

この前とは恐らく、部室で先輩に告白し、
動揺させたくなって強引にキスをした、あの時のことだ。

「先輩って意外と、そういうの根に持つんですね」
「そんなことないよ。やられたからやり返しただけだしね。
 それよりも2人きりの時だけでも先輩ってやめない?」

2人だけで呼び合える名前がほしいな、
と照れたように呟いた、ミナミ先輩。
俺はこのままでも構わないけど、そう望まれるのは嬉しい。
特別な存在、っていう感じがするし。

「じゃあ、トッキー?」
「どこかのアイドルのパクリになってるよ」
はあっと溜め息をつかれた。

「じゃあ、ミナミちゃん?」
「野球マンガに出てくる女子じゃないし」
はあああっと長い溜め息をつかれた。

先輩は、俺のネーミングセンスに呆れながら、
こてんと肩に顔を預けてくる。
すると、髪からいい香りがしてきた。
髪に鼻を埋め、すうっと息を吸い込むと、
低く呻いてくすぐったそうに首を竦められた。

その時だった、いい呼び名が思いついた。
「じゃあ、時継さんは?」

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