BLUE BIND

BL小説ブログ。危険を感じた方はお逃げ下さい。
  [ その雪景色窓辺より 2 ]
2010-09-09(Thu) 04:45:22
「あの、ハンドル取られてタイヤが溝に‥」
今すぐにでも泣きそうな顔と、
弱々しくフェードアウトしていく言葉。
どれくらいのこのままでいたのか、俺には知る由もない。
だけど、推測するにとても不安だったんだろう。
彼の瞳は、神がきたと言わんばかりに輝いていた。

「大丈夫ですよ。俺手伝いますから。
 こういうの慣れていますし」
なんて言いつつ、俺はこんなドジ踏んだことないが、
同調したら安心するかな、という思いで口にした。

彼を見て、にこりと笑いかける。
すると、泣きそうだった彼が、ようやく笑顔になった。
「すみません。ありがとうございます」

期待以上の、可愛らしい笑顔だ。
めろめろになる体に渇を入れながら、屈んでタイヤを見る。
溝はそんなに深くないし、これなら軽く右後輪を出せそうだ。
それよりも気になったのが、このタイヤだった。

「これってスタッドレス、ですよね?」
「はい。業者が、中古だけど新品同様だと販売してくれて」
「かなり減ってますよ。ノーマルタイヤと変わらない」

ショックだったのだろう、彼は驚きで目を大きくした。
隣に屈む彼に、溝減りの目安を教示すると、
顔がみるみるうちに青ざめていく。
今すぐここで消費者センターに苦情を言ってやりたいが、
まずは、タイヤを溝から外さないと。

「チェーンは?ありませんか?」
「すみません、ないんです」
訊ねてからしまったと思った。
チェーンがあったら、とっくに脱出しているか。

「えと、ちょっと待ってて下さいね」
俺は携帯を出し、互いのタイヤの規格をネットで調べた。

スノボを始めた頃は、こんな山奥に電波はなかった。
時は瞬く間に流れ、今ではどこでも携帯が使えるんだから、
それをどんどん活用していかないとな。

なんて、時代についておっさんくさく感心していると、
タイヤの規格がヒットする画面がでた。
「俺のチェーンがそちらでも使えるみたいなので、
 これから付け替えましょう」

俺の車のトランクから脱着器具とジャッキを取り出すと、
突然の展開に、彼はおろおろと慌てた。

「あの、チェーン付け替えたらそちらの車が危ないですよ」
「大丈夫。買ったばかりのスタッドレス履いてますから。
 それにちゃんと出発前点検もしてますし」
「‥すみません」

そんなに何度も頭下げなくていいのに、
と俺が笑いかけると彼も笑った。
大学生か、多く見積もっても少し年下であろう、
その彼の笑顔の眩しさに、どきっとする。

やばい、照れたところを見られたかもしれない。
ぐいっと鼻の下を擦りながら、顔を隠すように下を向いた。
ついでに、気を紛らわそうと彼に話しかける。

「地元の人でもこのルートは滅多に使いませんからね。
 車なくてかなり待ったのでは?」
ジャッキアップし、俺のタイヤからチェーンを外した。

「恥ずかしながらその通りです。
 もしかしてこの辺りにお住まいなんですか?」
「ナンバーの地域同じですよ、そちらと」
笑って言うと、彼はぺこぺこと謝ってきた。

「俺、ここにはかなり昔から滑りにきているので、
 あちこちの道を知ってるんです」
「へえ、すごいですね」
「まさかここを知らずに入ってしまった、とか?」
「道に迷っているうちに入り込んじゃいました」

途端、真っ赤になった彼の顔。
道に迷うことくらい男も女もあるんだから、
そんなことくらいで恥ずかしがることはない。
まあ、ついでだから、恥ずかしがっているその顔、
しっかりと俺の目に焼きつけておこう。

「ナビないんですか?」
「はい。地図は持ってるので何度も確かめたのですが、
 途中から位置が、あの、さっぱりで‥」

ここへは初めてなのか、それとも、
これまでは電車とバスを利用していたのか。
いずれにしても雪道の運転は素人だということだ。

「そうですか。よかったら途中まで案内しましょうか?
 日帰りですか?宿泊ですか?」
「今日一泊、ペンションとってます」

彼が告げたペンションは俺と同じところだった。
「俺もそこに泊まるんです。偶然ですね」
「そうですね」

えへへ、と嬉しそうに笑ってくれた彼。
極上の笑顔も、ついでにと目に焼き付けておく。

はまったタイヤ以外にチェーンを装着する。
アクセルを踏んでもらうと、チェーンが雪を噛んでくれて、
溝からタイヤを出すことができた。

「よかった。ありがとうございます」
「じゃあ、このタイヤにもチェーンつけますね」
タイヤ全部にチェーンを装備すれば、
よっぽどのことがない限りハンドル取られることはない。

吹雪いていないのが幸運だった。
もしそうだったら、外にいるだけで体力は奪われていくし、
それよりも俺は彼の顔を確かめられなかった。
チェーン替えは疲れたけど、幸運といえば幸運である。

「どこかでお礼させて欲しいんですが、
 これからどう動かれますか?」
彼はほっとした笑顔で訊ねてきた。

まずは宿行って着替えて、少しのんびり過ごして、
スキー場へ行って、滑って食べて滑って、
日が暮れてきたらペンションに引き返す、と彼に伝える。
まあ、これがいつもの俺のパターンだ。

「じゃあ、昼食、奢らせて下さい」
彼の申し出に、にこりと笑いながら頷く。

それから、俺が先導を走り、ペンションへとむかった。

次話へ 前話へ
BL小説その雪景色窓辺より | TB:× | CM : 0
その雪景色窓辺より 1HOMEその雪景色窓辺より 3

COMMENT

COMMENT POST

:
:
:
:



 
 管理者にだけ表示を許可する


copyright © 2024 BLUE BIND. All Rights Reserved.
  
Item + Template by odaikomachi