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  [ 見知らぬとこで七色が 4 ]
2011-11-01(Tue) 07:00:00
「それでは、お大事に」
「ありがとうございました」
ぱたん、とドアの閉まる音がして、
重かった瞼がふと開いた。
俺は布団の中で、ぐったりと横たわっている。
そして、見慣れない天井があった。
いや、今の俺に、見慣れている風景なんかないか。

俺は誰か。
そんなことすら未だ思い出せないんだから。

「やっと目が覚めたか」
ほっとしたように俺の顔を覗き込んできたのは、
虹のキャップを被っていた男だった。
家だからかサングラスもキャップも今はないけど。

「ずっと寝込んでたから心配だった。
 ついさっき往診の医者に診察してもらったら、
 ただの風邪だって。よかったな。
 薬ちゃんと飲んで休んでれば、すぐによくなるって」
俺の前髪を上げ、シート状のゲルが貼られた。

自分の年齢も詳しくは判らないけど、
所持品やカートの洋服のセンスからして、
自分がそんなに子供でもなければ、
中年でもないことくらいは理解できていた。
それに、男が俺にタメ語で話している。
ってことは、タメくらいだと推測している証拠だ。

ぼーっとする頭でそんなこと考えながら、
風邪だけでよかったと安心した。
だけど、俺にはそれよりも気になることがあった。

「風邪よりも記憶のことは?」
「記憶?」
「そう。俺こう見えて、記憶喪失中」
「え?マジで?」
「マジだよ。こんなことでウソつかない。
 俺が誰で、どうしてあの公園にいたのか、
 さっぱり覚えてない」

マジメな顔で俺は言った。
すると、そいつは辛そうな顔になった。
俺は思わず吹き出した。

「どうしてお前がそんな顔するんだよ。
 ウソかもしれないって疑ったりしないの?」
「そんなウソをつく必要なんかないだろう」
「それもそうだな。他人だもんな俺達は」

言っておきながら悲しくなった。
今の俺は、両親も兄弟も、友達も恋人も、
何にも判らない。

それは孤独ということ。

寂しくて悲しい。

悲しいけどしょうがないと思った。

だって、悲しんだって記憶は戻らないんだから。

「どうした?どこか苦しいか?」
男に訊ねられて首を振る。
すると、つっと涙が頬を伝った。

俺はどうやら泣いているらしい。
しょうがないと思っておきながらも、
やっぱり悲しくて辛かった。
情けないやら悔しいやら、涙がなぜか止まらない。

俺は布団を被り、男に震えた声で呟く。
「見るな」
「判った」

判ったと言いながら、俺の肩にそっと手が添えられた。
今はそんな慰めすらも、すごくありがたい。
記憶がなくても孤独ではない、と思えて楽になる。

俺は、声を堪えて少し泣いた。

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