BLUE BIND

BL小説ブログ。危険を感じた方はお逃げ下さい。
  [ 決めたゴールを走れ 62 ]
2012-04-23(Mon) 06:00:00
もうタイヤの予備はなくなった。
何があってのタイヤチェンジを行うことはできない。
アクシデントが起きないことを祈るばかりだ。
と、安心した瞬間、手に激痛が走る。
ディーラーで働いていた頃、
メンテナンス中に熱いエンジンに手が触れてしまい、
火傷してしまった経験がそれなりにある。
メカニックとして働いていれば誰にでもあることだ。

だけど、これはその時のケガとは違う。
俺はまだ痛くて立てない。
震えと汗が、事態がいかに重大かを警告している。

そこに監督がきた。
俺の手を見て、かっと目を吊り上げる。
「バカ野郎!」

監督の怒号が、ピット内に響いた。
モニター前にいたオーナーさえもびびった顔になる。

「何やってんだお前は!」
「すみません。グローブが劣化していました」
「マシンだけじゃなくてグローブもメンテしろ!
 メカニックに指示するだけがチーフの仕事じゃないんだ!
 判っているのか!前澤!」

それは正論であり当然のことだった。
メンテナンスが必要なのはマシンだけじゃない。
己の身を守る、ヘルメットやグローブも、
チェックをかかしてはいけなかった。

俺はそう言われ、小さく謝った。
「‥はい‥すみません」

監督は、呆れたように息をついてから、
ハサミでグローブを切ってくれた。
右手の親指部分が重症で、
赤く腫れるどころが黒く焦げてしまっている。
そこ以外にもグローブの劣化により、
あちこちに軽い火傷を負っていたらしい。

それを見た監督が呻いた。
他のメカニック達も、監督の後ろから火傷を見て、
げげ、とか、うえ、とか、
そんな声が上がったのが耳に入ってきた。
うえって言いたいのは俺のほうだ。

「派手にやりやがってバカ野郎が」
眉間に皺を寄せながら監督が吐き出すと、
後方のメカニックチームへ指示をした。

「佐原、ビニール袋を持ってこい」
「は‥はい!」
「三木谷、タクシーを呼んでくれ。
 トランスポーターの横につけるように伝えろ。
 これは救護室よりも病院がいい」
「はい!判りました!」

佐原と三木谷は、監督に指示通り行動した。
手の痛さよりも申し訳なさで、いっぱいになる。

「チーフ、動かないで下さい」
佐原が、ビニール袋で俺の手を包んだ。
こうすると感染予防になるらしい。
ここまで酷いケガになると冷やすのはよくない。
素人は素直に病院へ直行し、
きちんとした処置をしてもらうのが一番だ。

「監督、タクシー呼びました」
携帯を切った三木谷が告げる。
あとは任せて下さい、と言いたげに頷いたのを見て、
俺も三木谷に頷く。

レースは非常に危険であるので、
救護室も設置されてあるし救急車も待機している。
だけど、こんなケガともなると、
処置に限りがあるし救急車に乗るほどでもない。
だから、とっとと病院へ直行したほうがいい。
監督はそこまで計算して、タクシーを呼んでくれた。

「瀧、タクシーまで前澤を見送ってこい。
 しんどいだろうから肩を貸してやってくれ」
「はい!」

監督に言われて颯爽と瀧がやってきた。
自らのヘルメットを脱いでから、
俺のヘルメットをゆっくり外してくれる。
そして、肩を借りてやっと俺は立つことができた。

「チーフ行きましょう」
「悪いな瀧。それじゃあ、いってきます」
「前澤君、いってらっしゃい」
「とっとと行ってこい、バカ野郎」

みんなに頭を下げると、
ピットを出てトランスポーターへと歩いた。
監督、ずっとバカ野郎を連呼していたな。
かなり心配させてしまったことを反省しないと。

トランスポーターの隣でタクシーが待っていた。
ドアが開いて、静かに後部座席に座った。

サーキットから近い病院へ行ってもらうよう、
瀧がドライバーに伝える。
そして、瀧が俺のポケットに何か入れた。

「オーナーからお金を預かってきました。
 タクシー往復代、診察代、これで足りると思います。
 あと、病院には労災でと伝えて下さい」
ビニールで手を包んでいる間に貰ったのだろう。
オーナーの手回しのよさに、あっぱれだ。

「ありがとう。光さんがチェッカー受けるところ、
 俺の分までみんなと瀧で見てくれ」
「判りました。いってらっしゃい、チーフ」

瀧がタクシーから離れると、ドアが閉まった。
そして、タクシーは走り出した。

光さんはチェッカーを受けるだろう。
そして、今シーズンの優勝を果たすはずだ。

傍にいられないことが悔しい。
だけど、治療が優先だ。
手を放っておいたら使い物にならなくなる。

そう言い聞かせて、俺は病院へ行った。

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