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  [ 決めたゴールを走れ 64 ]
2012-04-25(Wed) 06:00:00
医師は受付の電話で、空いている診察室がないか訊ねたが、
どうやらどの部屋も使用しているらしい。
静かに受話器を置いた医師は、息を吐いてから歩き出した。
「それでは、私のオフィスへ行きましょうか」
「あ、はい」
医者の背後を、慌てて追う。

医者の胸元に、バッジが飾られている。
そこには脳外科部長という役職名と、
楠悟という名前があった。
髪は真っ白で、メガネをかけている。
にこやかで爽やかな顔をしているけど、
白衣が似合い、医者としての貫禄があった。

楠先生はエレベーターで10階までいくと、
誰もいないナースステーションへ入った。
ワゴンを薬棚へ移動させると、ガラスの扉を開けて、
ぶつぶつ言いながら、処置に使う道具を取る。

「消毒液に脱脂綿に、ドレッシングテープに、
 いや、穴あきラップにガーゼを当てたほうがいいかな。
 包帯と軟膏、これでいい。こっちへ行きますよ」
ワゴンを押しながらナースステーションを出る。
楠先生と廊下を歩いて行くと、ドアの前に着いた。
ドアプレートに院長室と表示されている。

「え?院長室?」
「はい。私はここの院長を務めています」

俺は思わずあんぐりと口を開けた。
だって、バッジは脳外科部長じゃないか。
部長なのに院長ってどういうことだ。
思ったことを悟られたのか、あははと笑われた。

「院長でも部長でも、患者にとってはただの医者です。
 肩書きなんか関係ありませんよ。
 そこにあるソファに座って待ってて下さい」
「あ、はい」

俺がイスに座ると、楠先生はテレビの電源をつけた。
リモコンを押していくと、レース中継の番組になった。

「やっぱりレースが気になりますよね?」
楠先生がにこりと微笑む。
汚れた繋ぎで、レースの関係者だってことは一目瞭然だ。

「さっきまで私これを見ていました。
 ホイールを叩いていたところも流れていましたよ」
くすくすと笑いながら言われた。
どうやら、ホイールを叩いていた時、
その場面をテレビカメラが撮影していたようだ。

俺は恥ずかしくなって真っ赤になった。
そうか、だから楠先生はさっき、
君はさっきの人ですねって言ったのか。

その時に楠先生の携帯が鳴った。
「すみません。ちょっと電話失礼します」

楠先生は、イスに座り喋り始めた。
俺はその間、ゆっくりテレビを見ることができた。

「チェッカーを受けるマシンが見えてきました。
 チームESのマシン!ドライバーは後藤野選手です!」
アナウンサーが興奮しながら解説している。

ラストのカーブを曲がってきたのは光さんのマシンだった。
太陽の光と一緒に、ゴールへと走ってくる。

短いようで長かった、ゴールへの道のり。

ケガまでしたけど、俺はちっとも悔やんではいない。

光さんを優勝へ導けたんだ。

それだけで胸がいっぱいで熱くなった。

そして、2位とは大差をつけ、チェッカーを受けた。
観客の歓声に、光さんは手を振っていた。

チームESのピットも、テレビに映し出された。
監督とオーナーが泣きそうな表情をしている。
メカニックチームの喜んでいる姿もちらっと映された。

「8本の剣を携え、後藤野選手、チェッカーを受けました!
 後半のアクシデントに屈することなく1位!
 そして優勝です!バーストの貴公子ここに健在です!」

オーナーの苗字になぞらえた、チームEightSord。
マシンにその8本の剣が描写されている。
過去、現在、未来、失敗と成功、努力と仲間と勝利、
という、まるでこじつけのようなシンボルだが、
今ならそれが判るような気がした。

それは何もモータースポーツに限ったことではない。
生きている限り、どんなことにも当てはまるんだと思う。
過去の誤ちを、現在に生かし、未来へ繋げる。
光さんとチームの力で、1位を取って優勝を掴んだ。
こんなに嬉しいことはない。

演出なのか本気なのか、アナウンサーの興奮している中継に、
俺はなぜか泣きながら笑ってしまった。
そして、テレビを見ながらおめでとうございますと呟いた。

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