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  [ 決めたゴールを走れ 65 ]
2012-04-26(Thu) 06:00:00
ウイニングランの光さんがヘルメットを外した。
サーキットを走っている時は、
原則ヘルメット着用、という決まりがある。
あんなことしたら審議ものじゃないだろうか。
せっかく優勝したんだから、
ウイニングランも大人しく滑走すればいいのに。
と呆れながらも光さんらしさが出ていて、
見ているこっちがおかしくて笑ってしまった。

と、その時アナウンサーがこんなことを言った。
「後藤野選手、テレビカメラに何か言っているようです。
 次のカーブのカメラで音声を拾えないでしょうか?」

よく見ると、確かに光さんは何かを喋っている。
だけど、レーシングカーの音のほうが響きすぎていて、
言っていることがよく聞こえない。

アナウンサーに言われてカーブで構えていた、
カメラマンが光さんへマイクを向けたのだろう。
光さんの声が、はっきりと聞こえてきた。

「おい、聖!見てるか聖!やったぞ!」
ガッツポーズを取りながら、嬉しそうに叫んでいる光さん。

テレビから目を逸らしたけど真っ赤になった。
タクシーで病院へ直行したことを、
オーナーがレース中にインカムで伝えたのだろう。
どこかで俺がテレビを見ていると信じていて、
光さんはテレビに叫んでいるのだと思う。

それにしても、何やってんだあの人は。

俺のことなんかテレビカメラで呼ばないでくれ。

恥ずかしくてどこかに隠れたくなる。

ほんの一瞬だけ、痛みを忘れた。
嬉し涙もあっという間に乾いてしまった。
恥ずかしさのあまり震えていると、
こんな情報までもテレビから流出された。

「今こちらに情報が入りました。
 チームESのメカニックチーフである、前澤聖の名前を、
 どうやらカメラに叫んでいるようです」
アナウンサーが嬉しそうに言った。

誰がそんな情報を流したのだろう。
光さんも光さんだし、アナウンサーもアナウンサーだ。
全国放送で、こんな下っ端チーフの情報なんて、
いちいち言わないでほしい。
どうせなら、監督とかオーナーに着目してくれ。

隠れたいどころか死にたくなってきた。
どんな羞恥プレイだ。
俺はそんなプレイを望んだ覚えなんかない。

「テレビで言っているのは君のことですか?」
通話が終了し、携帯をポケットに入れながら楠先生が、
向かいのイスに座って訊ねてきた。

「あ‥はい‥」
「そうでしたか。チーフだったんですね。
 さあ、これから処置しますね。
 ちょっとだけ染みるかもしれません」
楠先生は手袋をして処置を開始した。

消毒で濡らされた時も、軟膏を塗られた時も、
痛みはほとんど感じなかった。
たぶん、羞恥のあまり興奮していたからだろう。
ここだけは光さんにありがたいと思ってやる。

同時に、アナウンサーがこう言ってきた。
「今季前半、後藤野選手のポイントは散々でした。
 それを復活させてくれたのが前澤なのかもしれません」

テレビでは、ウイニングランを終わらせた光さんが、
パルクフェルメに入っていくところだった。
パルクフェルメは、車両保管所だ。
レースが終わった後、全てのマシンは車両検査を受ける。
安全が保たれているか、不正が見られないか、
そういうものをチェックする場所がパルクフェルメだ。

マシンを置いてから出てきた光さんが、
待ち構えていた監督と抱き合っていた。
傍にはオーナーも立っている。
3人は、パルクフェルメ前で喜び合いながらも、
アナウンサーやカメラマンにもみくちゃにされていた。

そして光さんは、アナウンサーから質問攻めにあった。
「後藤野選手、優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「優勝できたのは前澤チーフの活躍でしょうか?」
「そうですね。彼がいたから新しいウイングも作れました。
 彼なくして優勝はなかったと思っています」
「後藤野選手にとって前澤チーフの存在は?」
「なくてはならない存在になりました。
 これからも一緒にチームESで頑張っていきたいです」
「ありがとうございました。最後に一言どうぞ」

光さんはテレビに向かって、最後にこう口走った。
「おい、聖!見てるか!勝ったぞ!」

俺は赤くなりながらもテレビを見て笑うしかなかった。

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