BLUE BIND

BL小説ブログ。危険を感じた方はお逃げ下さい。
  [ 風のように遥かに 5 ]
2010-08-02(Mon) 04:30:12
唇まであと10センチで止まった。
キスなんかしたら邪念が退散するどころか、
欲望が膨んできて色々と先をしたくなる。

白い肌に触れ、唇を舐め、華奢な体を堪能し、
って何バカなこと考えてんだよ俺は。
妄想するのは勝手だけど都合がよすぎるだろ。
バカさ加減に絶叫しかけて、どうにか思い留まった。

当然、ふっくらとした唇を奪えるはずもなく、
寝顔を拝みつつミナミ先輩を起こすことだけが、
俺にできる精一杯の幸せだった。

「ミナミ先輩、起きて下さいっす」
静かに体を揺らすと、ふっと目が開いた。
「‥あ、マキ」

蒼白な顔色に、真っ赤な目で、
ずれたメガネを直しながらこっちを見た。

パープルの、メタリックフレームのメガネは、
かなり度が強いらしい。
ここから見えるレンズの歪みが、それを語っていた。

「大丈夫っすか?」
先輩の、冷えている頬にそっと触れた。
やましい気持ちは一切なかった、
ただ俺の手の温もりで、少しでも顔色が戻ってほしい。

「うん。大丈夫」
「何言ってんすか先輩。
 こんなに顔色悪いのに大丈夫じゃないっすよ」
「‥そうだね。マキにはお見通しだね」
「当たり前です。中学から一緒だし、
 先輩のことだったら何でもお見通しっすから」

自分が飲んでいたスポーツ飲料を渡し、
少しだけ先輩に飲んでもらう。
具合が悪そうな先輩を前に、
間接キスになったと喜んでいる場面ではなかった。

どうしてこんなに具合悪そうなんだろうか、
と考えて思い当たった。

「ミナミ先輩うちきてます?」
「いや、塾のテストでちょっと忙しくて‥」
気まずそうに先輩は俯いてしまった。

俺の家は、しがない針灸整骨院をしている。
しかも家族総勢経営ときた。
父親と母親、それに姉貴と兄貴も先生をやっている。

ミナミ先輩の持病は腎臓が原因らしくて、
過去にはそれの悪化により入院もしていた。
退院してからは通院しつつも、針灸や漢方で、
身体に優しい治療を望んでいて、先輩はよく治療にきていた。
ミナミ先輩と同じ中学だったし、家もほどよく近いしな。

「だからです。夜これから塾あります?」
「ううん、何もないよ」
「それならうちきてください。これから」
「いいよいいよ。悪いんだけど持ち合わせがないんだ」
「ツケでいいんです。先輩の体調が一番」

自分とミナミ先輩のバッグを、互い違いに肩に掛ける。
先輩の細い腕を自分の首に回し、
担ぐようにして立つと、先輩の体重の軽さに驚いた。
先輩は俺よりも身長が低いけど、これって軽すぎだろう。

「立てます?」
「うん、どうにか。悪いね、マキ」
「それは言わない約束でしょ、おとっつぁん」
「ぷ、あはは」

ギャグをうける余裕はあるみたいで安心した。

先輩に靴をはかせ、自分も靴をはき、
自転車の後ろに先輩を乗せると、ペダルを踏んだ。

「しっかり掴まってて下さいね」
「離せってマキに言われるまでは、そうしてるよ」
先輩は、ぎゅっと俺の腰に腕を巻きつけた。

弱々しい腕力に、ついにやついてしまう。
こんな状況でにやつくなんて不謹慎だけど、
心がほんわかしたのは確かだった。

自宅はここから2駅先にあるけど、
エコだしトレーニングにもなる、
という理由で自転車で通学していた。

しかしこれ、兄貴のお下がりのシティ車だ。
自転車をもらった当初は、ギアチェンジはないし、
フレームやカゴが歪んでいるし、荷台がダサいしと散々で、
当時は心より兄貴を呪った。

それが、まさかこんな形で役に立ってくれるとは、
意外にも嬉しい誤算である。

「僕ちょっとは重いよね?」
可愛くえへへと微笑む、ミナミ先輩。

「ステーキ10枚くらい食べれば重くなりますよ」
「‥うえ。ステーキは1枚だけでいいや。
 残りはマキにあげる。食べてくれるよね」
「いいですよ。マジでゴチになります」
「あはは。ハンバーガー9個ならいいよ」

ちらっと振り返ると目が合った。
さっきよりは先輩の顔色はよくなっている。

「ん?どうしたの?」
「約束、忘れないで下さいよ」
「もちろん」
先輩の笑顔に、胸がきゅんと痛くなった。

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